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部ほかと込みで売られていたんです。ところが、そのお神楽を興してから、村産品の漬物とか野菜とか、その箱とか袋に全部お神楽のお面を入れているんです。だから、波野村神楽印の大根とかキャベツとか白菜とか何とか漬けと。こうなると一種のブランド商品で、生産から販売まで責任をもつようになるのです。そうすると、村の人たちの農業への取り組み方が全く変わるのです。
そして、おそばもここだけではもったいないから販路を探したんですけれども、もうなかなかないんですね。たまたま背中合わせの村にゴルフ場がありまして、そこのゴルフクラブが全国に17のチェーンになっていることがわかりまして、ではゴルフクラブのチェーンで売らせてもらおうという話になりました。ゴルフクラブでおそばを売るんだからネーミングを考えようということでみんな集まって考えまして、つけた名前が「ピンそば」というんです(笑)。ゴルフをやっている方はおわかりのように、最後にピンの近くにやるのをピンそばに寄せるというんですが、「ピンそば」という名前をつけました。私、これが売れたら「ホールインワンこそば」というのを売るように言っているんです(笑)。
ですから、一つを興すことによって、先ほど井上先生がおっしゃった発信が、つまり伝承芸能とかそういうものにとどまらず、そういうところまで発信できる。可能性があるということなんです。清和村も袋や箱に全部入れまして、清和村の文楽印の何とかと刷るようにしました。そうすると、農業意識が、農産物に対する意識が変わって、今申しましたように、生産から販売まで責任をもつ。これは自分たちの村のものなんだと、そういうことに変わってくる可能性もあります、うまくやればですね。
中坪委員 いろいろ調査していますと、その町について書いた本だとか基本構想の本がいろいろありますけれども、そこで、民俗芸能というのをこれからどうしていこうかというところで必ず、「観光に結びつく」というのが出ているんです。ただ単に観光に結びつくことがいいんだと、ただそれだけなんです。それからどうしようというのは全然出ていません。
ちょっと話は違いますけれども、私は沖縄県を調べたんです、今帰仁村と本部町。これは、今まで皆様方がいっている話と180度違いまして、あそこはまさに、私たちが入っていても興奮するくらい、いまだに民俗芸能が生活に息づいていて、彼らの文化活動のまず第一は、クラシックでも何でもない、まず民俗芸能なんです。祭りになると、もう異様な活気を示します。
それから、皆さんご承知の「エイサー」というのがありますね。あれもあらゆる種類があるんです。そして、村のつくり、町のつくりも、お祭をするために神様を迎えるようなつくりになっているんです。それで、あそこで今切実な悩みというのは、祭りをつかさどる「ノロ」という巫女さんがだんだんいなくなってしまった。これは、単についでにやる
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